贈り物はひとときの
見慣れた街の風景が、前から後ろへとどんどん流れていく。
視界の端でその色を捉えながら、香穂子はこっそりと運転席を盗み見た。
適当な長さで整えられた黒髪と赤味がかった瞳を持つ彼――吉羅暁彦は、視線を前に向けたまま、いつもと変わらぬ表情でハンドルを操作している。
練習後、公園からの帰り道で待ち構えていた――本人は偶然だと言っていたが――吉羅に、時間が空いているのなら付き合いたまえ、と車に乗せられたのは三時間ほど前のこと。
以前はそうやって休日を過ごすことも多かったが、お互いの忙しさが原因で、最近はその機会もかなり減っていた。学校で会って話をすることさえ難しい。
気に入っていた時間が減っていくことに寂しさを感じてはいたが、自分以上に多忙な彼のことを考えると、また休日を一緒になどと言い出すことはできなかった。
そういえば、いつか問いかけた彼と自分との関係も、曖昧なままである。
「何か、気になることでもあるのかね?」
横顔から視線を外してぼんやりと景色を眺めていると、唐突に声が飛んできた。
はっとして、運転席の方へ顔を向ける。相変わらず視線は前方だったが、ほんの少しだけこちらに意識を向けてくれているのがわかった。
「先ほどから、こちらを何度も気にしていただろう。言いたいことがあるなら、遠慮せずに言いたまえ」
「言いたいことなんて、そんな! お料理も美味しかったですし、景色も綺麗でしたし」
訊きたいことはあったが、それは胸のうちに押し隠して、先ほどとった遅めのランチ――と言ってもばっちりコース料理だった――の感想を述べる。
香穂子の答えは訊きたかったものではなかったのか、彼はやや不満げに眉根を寄せている。
普段は淡々としているが、時々子どもっぽい表情を見せることもある――それに気づいたのもこうやって二人で過ごしている時だったな、とふと思い出して、香穂子は少し口元をほころばせた。
軽いブレーキ音と共に、車が止まる。気づけば、そこは香穂子の家に程近い交差点だった。
シートベルトを外し、荷物を持ってドアノブに手をかける。
礼を言って降り、歩道にまわると、いつもなら黙って見ているだけの彼が、窓をを開けていた。
真っ直ぐにこちらを見て、口を開く。
「今日は、楽しめたかね?」
「え? は、はい。すごく楽しかったです。久々に理事長と過ごせましたから」
戸惑いながらも答えると、彼は一瞬表情をゆるませて、そうか、と呟いた。
「君へのプレゼントは喜んでもらえたようだな」
続いて聴こえてきた言葉に、知らず目を丸くする。状況が飲み込めず、疑問符が大量に浮き上がってきた。
プレゼント、という単語が頭の中で繰り返し再生される。
繰り返されるうちに、明日の日付に思い当たり――唐突に、以前彼と交わした言葉を思い出した。
二週間ほど前、学校で偶然あった時のこと。香穂子は、『何か欲しいものはあるか』と訊かれ、少し迷って、時間と答えた。
「最近忙しくて、理事長ともあんまり話せてないなぁって、そう思っただけなんですけど」
今の状況じゃむりですよね、あはは、と笑った自分に、彼が『そうか』とだけ言って、その話題は終了していた気がする。
ものの一分にも満たない短い会話だったから、慌しい日々に忙殺されて、すっかり忘れてしまっていた。
もしかして、これはそのプレゼントなんだろうか。驚きと喜びと期待と、とにかく色んな感情がごちゃまぜになったままで、吉羅を見つめる。
はちきれそうな心から、言葉がひとつこぼれた。
「理事長、これって――」
「ああ、そうだ。プレゼントが時間だけでは、私の気が済まなくてね。これも君にあげよう」
香穂子の言葉を遮るように差し出された箱を反射的に受け取ると、では、と言葉を残して窓が閉められる。
走り出した車を見送って、香穂子は手の中に残された箱へと視線を落とした。長方形で両手に乗るサイズの箱には、丁寧にリボンがかけられ、小さなカードが付いている。
『Happy birthday to Kahoko.H From Akihiko.K』と流麗な筆跡で書かれたそれを見て、息を呑んだ。
ばっと顔を上げて、車の去った方向を見る。
緩やかにカーブした道の向こうで、テールランプが輝いた気がした。
End.
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あとがき
吉日というか吉←日な感じでスミマセン。
理事をけしかけたのは金やんだと思います。
2010.10.10.Update
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